参照基準の利用状況を通した「大学教育のカリキュラム改善に関する組織文脈的要因の考察」報告書

はじめに

この報告書は平成29年度から令和元年度まで実施されて科学研究費基盤研究B「参照基準の利用状況を通した大学教育のカリキュラム改善に関する組織文脈的要因の考察」の成果を取りまとめたものです。
大学が多様化する中で、大学で一体何が教えられているのかわかりにくい状況が20世紀の終わり頃から起こっていました。 2008年に中教審が「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」を公表し、大学教育の分野別質保証の必要性を提起し、分野別質保証に向けた枠組みについて審議することを日本学術会議に依頼しました。日本学術会議は2年間の審議の後、2010年に「回答:大学教育の分野別質保証の在り方について」を公表しました。そこでの一つの提案は、分野別参照基準を策定することでした。 これは、大学が多様であっても、各分野における教育内容のコアの部分は共有されているべきであり、その部分を明確に言葉にしていくということでした、この「回答」の公表の直後から、日本学術会議は、自ら各分野の参照基準の策定作業に入り、2019年度までに32分野の参照基準が策定され、現在「教育学分野の参照基準」の審議が最終段階にあります。

このようにして策定されてきた参照基準が、必ずしも、大学における教育課程 改善のために使われてないのではないか、との疑問があり、実際に大学の現場でどのように受けとめられているのかを調査することになりました。実際の現場の調査では、関心が高まっていることも分かりました。 大学によっては、参照基準を参考にして全学的な教育改革に取り組んでいるところもあります。さらに大学だけでなく、専修学校の教育課程編成の際に、参照基準を参考にしている例もありました。一方で、文科省が「教学マネジメント」強化の政策を進めたことによっても関心が高まってきたこともあります。
「参照基準」が出揃って見ますと、さらに大きな可能性も浮かび上がってきます。それは新しい「知の共同体」としての大学の在り方です。各分野の教育のコアを言語化することによって、各分野が他分野に対して可視化されることによって、大きな知の連携の可能性が出てきたことです。と言いますのは、各分野の定義・特性を「世界の認識の仕方」と「世界への関与の仕方」という視点で言語化することにしました。その背後には、学問は多様ではあるが、その多様性は、各学問独自の「世界の認識の仕方」と「世界への関与の仕方」があるからではないか。そして学問をする人間とは、「世界を認識する」存在であり、「世界に関与する」存在であるということです。そうすると、この二つが人間に普遍的な存在のありかただとすれば、各学問の「世界の認識の仕方」と「世界へ関与の仕方」を明示して他者にも理解できるものとして提示すれば、「世界の認識」と「世界への関与」について、分野を超えた協働が可能となるのであります。それを「協働する知性」として「回答」の最後に提案したのです。
元々は「大学教育の分野別質保証のために教育課程編成上の参照基準」として策定していったのですが、策定の過程で、新しい知の共同体の構築が形成されていく可能性を持つものとなりました。日本の教育は、異分野間の連携、初等教育・中等教育・高等教育・社会教育を結ぶ連携によって、真の意味において革新的innovativeなものとなるはずです。
本研究では、国際比較等も行い、現在進行している欧米の類似な動きと連携する可能性も見えてきました。一方、欧州では、芸術、演劇、舞踏なども学術として存在意義を持っていますが、日本ではそうではありません。日本の知の在り方の特殊性も見えてきました。
多方面にわたる調査研究であるゆえに、まだ未完成でありますが、今後、参照基準の改定作業を通して、新しい時代の動きに対応するとともに、 本研究本研究は、まだ途上にあり、この報告書は、完結版ではなく、むしろ資料集として、様々な教育関係者、科学者、技術者、経営者、政治に関わる人々の参考に供するものでありたいと考えています。
さらに、第二部として英語版を作成しました。これは日本の動きを海外に発信して、国際的な連携のための基礎資料として役立てて欲しいと思います。
本研究に多大なるご支援を頂いた方々、東京理科大学、国際基督教大学、九州大学、国立教育政策研究所に感謝申し上げます。

研究代表者 北原 和夫

平成29~31年度日本学術振興会科学研究費助成事業(科学研究費補助金)基盤研究(B)(一般) 「参照基準の利用状況を通した大学教育のカリキュラム改善に関する組織文脈的要因の考察」(課題番号:17H02685)研究成果報告書 (2020年3月)